翻訳:Thalion<thalion*at*os.rim.or.jp>
今、僕の机の上には、既に完成したシナリオとキャンペーンが山になっている。まだ一度もプレイしていない奴だ。それもこれもみんな、僕がゲームを愛しているからなんだ。自作システムも幾つかある。まだ全部完成してはいないけれども。僕が自作システムを作るのは、やはりゲームを愛しているからだ。僕がゲームを愛していると言ったからといっても、驚きには値しないはずだ。僕はゲームを題材にして、この二年ちょっと、モノを書き続けて来たのだから(...っておい、もう二年も経っちゃったのか?)。もう一言付け加えてみよう。僕はゲームを愛している。
けれども、僕はこのシナリオを一度もプレイしてないし、自作システムは未完成のままだ。何故だろう?これは僕ばかりのせいではない。いや、その事には自信がある。実際、シナリオとして準備することは全部済んでいる。後はプレイするだけになっているんだ。自作システムの方だって、以前に比べれば、そりゃ少しはペースが落ちてはいるかも知れないが、それでも作り続けている。親愛なる読者諸君、その答えは「ゲーマー」達にある。ゲーマーは怠け者だ。ゲーマーには思いやりというものがない。言っておくけど、ゲーマー全部がそうだという訳じゃない。しかし、ゲーマー人口の相当の割合をそうした連中が占めていて、だからこういう具合にコラムの俎上に載せる正当な理由となっている、という訳だ。念のため言っておくけれども、「プレイヤー」だけじゃないぞ。「ゲームマスター」もだ。僕が「ゲーマー」と言っているのは、この両方を含めての事だ。この連中、僕は時々マジで吐き気を催すこともある。
僕はこれまで、結構沢山のゲームをプレイしてきた。若い頃(学校に通っていた頃)は、ゲームグループの連中にもたっぷり時間があったし、ほぼ毎日のようにプレイしていた。週末は部屋に篭ってプレイしてたし、お陰で随分と両親の不興を買ったものだ。やがて時が過ぎ、高校に入る頃になると、ゲームの頻度は下がっていった。だがそれでも、そこそこ定期的にプレイしていた。ゲームをしない週もあったが、そういう場合は大体次の週にはプレイしていた。勉強とか、デート、家族と外出、そうした事柄の間ではあったにせよ、やっぱり定期的にプレイしていた、ということになる。おお、古き良き時代。言うなれば、ゲームプレイの黄金時代だな。ああ、別に黄金時代と言っても、別にゲームの質の事を言っているんじゃない。単にプレイの量、という点について言っているだけだよ。金めっき時代と言っても良いかもね。
高校を卒業した後も、少なくとも一週間か二週間に1回位の、定期的なペースでプレイ出来ていた(僕自身について言えば、一週間に4回だったけどね)。これはつまり、大学に入ったり就職したりしても、初期のころは、自分の時間を全部食いつぶされたりはしないからだ。確かにプレイの量は減ったかもしれないが、逆に質は良くなってきたことに、僕は気付いていた。これは、僕らが成熟し、外の世界についての知識が広がって来ていたからだろう。あ、もうちょっと待ってて欲しい。もうすぐこの思い出話から別の話につないでいくからね。
さて、今僕は大人になった。僕と一緒のグループにいた連中の大部分もそうだ。僕らは、没頭しなければならない真っ当な仕事につき、いくばくかのサービス残業もしなきゃならない。自分の家庭を持った者もいる。そういう連中にとっては、週末に一緒に出かけるというのは、大切なことだ。大変だ、お母さんっ!ゲームの為の時間が減るってことじゃないかっ。一週間に一度プレイできればラッキーだし、二度出来ればもう幸せの極みだねっ。こういう事態は理解出来る。僕らには沢山の責任があるのだから。...大人になりたかったのは、こういう事のためだったのか?
僕が冒頭で「ゲームを愛してる」と言った事は覚えてるかな? よろしい。これは嘘じゃない。僕はゲームを愛している。多分、集団行動の中で一番好きなのがゲームだね。ところで、僕が所属しているグループは、全員が立派な大人で、みんなゲームに割ける時間があまりない。そういう連中が集まってプレイ出来る夜というのは、僕らみんなにとってとてもスペシャルなものだと思うだろ? ハズレ。あーもう、ものすごくハズレ。様々な都合で、その回のプレイがキャンセルになったとしても、僕にとっては何でもないんだ。だけど、そうなった最低の理由の数々を、僕がこうして大人のゲーム生活を送った一年間で随分耳にしてきた。それ以前の小学校→高卒直後ぐらいまでの数年間に聞いた以上にね。
誰かが来られなくなったから、ゲームがキャンセルされた。それは問題じゃない。問題なのは、来られなくなった理由だ。それが僕をイライラさせる。「もう疲れてしまってゲームどころじゃないんだ。...でもクラブや馴染みのコーヒーショップに出かけられない程の疲れじゃないんだけどね」だと?もうゲームがやりたくないならそう言えばいいじゃないか。もっと酷い奴になると、ただ来ないだけ、ってのもいる。グループの連中は待ちぼうけを食わされ、日没コールドを宣言される。これが二回も連続で起ってみろ。時間通りに来てる奴はどんどん減っていく。ゲームが無くなるまで。つまり、二度とプレイされなくなるまで。終了。終わり。死に。そしてまた新たなサイクルが始まる。
論理が怪しくなって来てないかって? 僕が望んでいるのは単なる一般常識的なマナーなんだ。ただ、これが不足しているゲーマーが多いみたいだけれども。あと、雑談も最小限に止めるだけのマナーも弁えて欲しい。いいかみんな、僕らはここにゲームをしに来てるんだ!何か言うのなら、ゲームを始める前の、夕食の時にしてくれないか! そういえば、僕はある傾向に気付いた。ゲームの間によく雑談をする人に限って、翌朝早く仕事に出なくて済む奴等だ、という事に。もしそうなんだとしたら、どうしてゲームが終わるまで待てないんだ? 社交的に振る舞うのもゲームの内だって? 確かにそれは正しい。けど、社交的に振る舞いたいだけなんだったら、ゲームと別のところでやってくれてもいいじゃないか。僕はゲームを愛している。でも君たちは、僕の愛するものを傷つけているんだ。
分かってくれただろうか。僕がゲームの山をこんな具合に積み上げているのは、プレイしたくないからでも、プレイしてくれる相手がいないからでもない。あまりにも多くのゲーマーが、友人同志の(あるいは知り合い同志の)間での、一般的な礼儀をわきまえていないからなんだ。僕のよき友人のゲーマー(彼女は、僕と同じくらいゲームを愛している)が、以前こう言ったことがある。もう新しいキャラを造る事は二度とない。だって、まだプレイしたことのないキャラが、もう沢山あるんだから。
ゲームの場で社交性を発揮するのもいい。現実がゲームに割込んでくるのも仕方がない。ゲームをしたくなくなったら、しなくたっていい。だけど、お願いだから、僕のために、そして同じグループでプレイしようと思っている人たちのために、ちゃんとそう言ってくれ! 社交活動がしたければ、ディナーの席を設ければいいじゃないか。ゲームを愛する人たちが、「RPG の夕べ」と呼んでいる席を台無しにしないでくれ。ゲームをしたくないなら、そう言ってくれ。それがみんなの為なんだ。そして、現実の問題のお陰で、時間の都合が付かないのなら、友よ、君の都合を察するよ。次にプレイできる日を楽しみに待つことにするさ。
TTFN,
Erich S. Arendall
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