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Phobia: Horror in Gaming

ホラー イン ファンタジー
Horror in Fantasy

マット・カウガー

Matt Cowger

訳:トモス(tomosakinas*at*hotmail.com)

August 28, 2001

ホラーとファンタジー小説にはとてもとても長い間続いてきた結びつきがある。ホラー小説の多くは同時にファンタジーでもあった、と言うこともできる。 ロバート・E・ハワードのファンタジーはホラーの要素豊かなものだった。 彼はラブクラフト・サークルの一員だったのだから、これはうなずけることだ。 これはモダン・ファンタジーにも受け継がれた。ムーアコックの本を どれでもいいから読んでみてくれ、ホラーの要素満載だ。

その点については、トールキンのような古典ファンタジーも ホラーの要素を含んでいたと言える。サウロンやナズグル、ほとんど 押しとどめようのない恐怖だ。

ホラーとファンタジーは深く結びついている。現代の最も特筆すべき ホラー作家のひとり、クライヴ・バーカーはファンタジーとホラーの両方の要素を組み合わせた小説を書いている。 ウィーブワールド はファンタジーだろうかホラーだろうか? 2つのアート本は? キングのダーク・タワー ・シリーズのことも思い浮かぶ。ファンタスティック なものとホリフィックなものは手に手をとって相性よく踊る。でも まずは「古典」ファンタジー系を見てみよう。

D&D3E、アースドーン、ストームブリンガーのようなゲームは 怪奇ホラーの追加設定やルールにかなり向いている。

ただ、この場合GMに負担がかかる。これらのゲームはちょっとした恐怖のネタに満ちていて、アンデッド、未知の物事、神秘的なパワーなど がそこここにある。ホラーは、環境ではなく描写によってファンタジーに 加味される。世界は(少なくとも僕らのような21世紀の人間にとっては) 異常に満ちていて、ホラーの要素を加える秘訣はショックと描写になる。

こんなトリックがある。

その世界の個人的な危険を突け

ファンタジーの世界は偶発的な暴力に満ちている。それを実感させ、 意味がある、身近な世界にもって来るんだ。友人や子分への暴力、 キャラクターが知り合って、情の移ったNPCに対する暴力、 家庭や財産の破壊。深刻な、大きな被害を与え、それをつぶさに 描写するんだ。(と言っても退屈させないように。これは君の 仕事だ。僕はどうやって情景を語るかについては書かない。)

呼吸だよベイビー。呼吸

種を蒔くんだ。廃虚の寺院をここに、死にかけている森あそこに、と 恐怖感をもりあげて、それからガツーン!、とヤマ場を持ってくる。 これは物語りの基本だ、でもホラーを盛り上げるためにはとりわけ重要だ。 この手のファンタジー系のありふれた舞台ではホラーはさらになおのこと この基本に頼る。ファンタジーは、そう、ファンタスティックでなければ ならない。だから先を急ごうとする気持ちと戦って、物事を引き延ばして ちびちびと物語を語る、という古いトリックに頼らなければならない。 プレイヤー達が退屈している時には、盛り上げた後で鉱道の中の死体や、 木に吊るされたハーフリングを登場させ、たっぷりと驚かせてやるといい。

オークは人を待たず

もうひとつのコツは、凶悪な魔法を本当に凶悪にし、副作用を持たせることだ。 死者を召還する者は命が枯れていき、悪魔達と取引をする者は狂気と邪悪さ を帯びていく。荒々しい魔法を本当に荒々しく、常軌を逸したものに し、それを用いる者も  行くのを描き出すといい。 元素魔法? その元素に結びついていない 人々との絆が失われるようにしたらいい。

恐怖のイロハ

恐ろしいものを恐ろしく。君自身が世界に退屈しないように。 アンデッドは肉体が朽ちて行くのを悲しむべきだし、ドラゴンは 何マイルも離れた動物の群れを縮み上がらせるような臭気を 発するべきだ。トロルの再生はおぞましいシーンであるべきだ。 自分でも何かを感じられるように、お決まりの退屈なファンタジー のシーンを醜悪なものにするといい。凶悪な者はいかにも 凶悪極まりない見てくれにし、そして何か非人間的なことを する。(上に書いたような)彼らは21世紀の価値観には全く 関与しないのだ。政治的にコレクトなゴブリンなど存在しない。

自分は欠陥がある...選択を間違えたのか?

それから、善玉達を誘惑するように! オークの子供達を登場させ、 彼らにゴブリンの群れを当然のように殺りくさせ、女性のゴブリンや 子供達がそのせいで苦しんでいるのを見せるといい。どんな高潔な 善行にも罰を。善玉達には彼らが立ち去った後に起こる破滅を 垣間見させる。結局、国境の守り手をやっているような人は、とことん 守らなければだめなのだ。オーク一人一人に母親がいる。それを 理解させて、悪役の種族がただの殺りくの対象にならないように するんだ。実際、それはファンタジーゲームのトラブルのひとつだ− 悪役の種族。彼らに動機を与え、ゴブリンを単に殺したがりの、 腐りきった奴ではなくするんだ。彼らも理由があってそういう、 正義の種族が恐ろしいと考えるようなことをしているのだ。ホラーの 一部は、動機の(逸脱の)ホラーだ。パラディン達に物事の 帰結を、ローフルグッドの魔術師達に結末を、彼らみんなに 殺りくは代償を伴うことを見せてやるんだ。

敵に人格があることは戦闘の恐怖では重要なファクターだ。どんな 戦闘であれ、オーク相手であれ人間相手であれ、それがどういうこと なのかを悟らせてやれ。リアルに実感できるように。「自分達にも 起こりえたことだ」と悟らせる。戦争の恐怖が絡んでいるなら、 次のオーク討伐は戦術の練習問題ではなくなる。

自分は狂っていない! 狂っているのは世界の方だ!

ヒューマンな要素も忘れずに。もしも魔術師が正気を失ったのなら、 それを描き出すこと。はっきりしないが、どうもどこかちぐはぐな 脅しを彼にかけさせる。パーティーの眼前でアサシンが無慈悲に喉を 切る様子を見せ、それがいかにおそろしい行為かをわからせる。 暴力がありふれた世界でも、ある種の物事は直視するのに 耐えないほどおぞましいのだ。それはもちろんトリックだ。

ゾラチュスにしろ。われわれはT&AとVを必要としている。

20才以上のお客さん向けには、アダルトにするといい。考えてもみて 欲しい。今日では本当のホラーは成人向けだ、多くのファンタジー ゲーマーは成人だ。 ダンジョンズ&ドラゴンズに首ったけの 日々は終わって、ありがたいことに、ファンタジーゲームの世界も 僕らと共に成長しつつあるように見える。現在の日々、ぼくら、 ぼくら自身のこの退屈さ。時々はリミットを少々押し拡げなければ ならない。血に飢えたようなやつのためにはそれは少々工夫が必要だ。 もしそういうメンツなら、少しだけ羽目を外してみるといい。

ファンタジーにおける恐怖は、描写と道徳的な試練だ。それは既に 僕らにとってファンタスティックであり未知なものだ。だからコツは 現代的なテーマをファンタジーの世界に結び付けることにある。

パラディンを縮みあがらせて、しくじらせてやれ。彼らにとっては 失敗にまさる脅威はない。

次回:SFにおける恐怖


この記事は米国RPGnetの許可に基づき翻訳されたものです。日本語訳については当サイト管理者ben*at*scoopsrpg.comまたは翻訳者まで。記事の内容については本人へ英語で連絡してください。

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