翻訳: Thalion <thalion*at*os.rim.or.jp>
出版業界において、編集者というものは、なかなか見え難いものだ。少なくとも読者にとってはほぼ不可視の存在だろう。怠慢なことに、出版社の多くは、雑誌の目立つ所に編集者の名前を載せていない。だから、誰かがその本を買ってくれてから、初めてそれに気づいてくれる事になる。つまり「ああ、この本ってリン・ウィリアムスが編集やってるんだ。道理で出来が良いと思ったんだよね」ってこと。
編集者という立場は、芸術と実務の間の、非常に曖昧なものだ。ライターとアーティストは作品を創り上げる。編集者は、そうした作品が、ええと、出版可能な形態となっているかどうかを監視するのが仕事だ。
編集者について語られる事は殆どないが、その理由ははっきりしている。つまり、基本的に彼らは嘘吐きだからだ。編集者はライターの天敵だ。作品の良い所を削り取り、その代わりに誤字脱字を埋め込んでくれる。彼らはその本の方向性(特に作品のファンをないがしろにする方向で)の名の下に、勝手な判断を下す。編集者の段取りが悪いせいで出版が遅れ、小売業者の怒りを買う事など珍しくない。
ああ。編集者なんてクズ野郎だ。それは僕だって重々承知している。僕はMetagame誌(初のプロフェッショナルLARP雑誌)の編集を二年間務めた。フリーのライターもやった。だから、編集者が僕の作品を無慈悲にも切り刻み、台無しにしてくれた経験をしている事も、疑いようのない真実だ(そうして出来上がったものが、僕のお気に入りになった、という事はこの際置いておく)。そして、この数年間、僕は沢山の編集者たちと話す機会があった。大抵それは編集者たちの秘密の集会で、僕らはそこで、出版界を打倒するための計画を立てていたのだ。
このエッセイは、最も邪悪なものたちの秘密を暴露するものなのだ!最も邪悪なもの、それは編集者だ。ライターの作品に槌を振り下ろしつつ哄笑し、雑誌の出版を遅らせ、フリーランスへの支払いをしない。何という悪事か!
実は、僕は別に悪い編集者の実状を暴露しようという訳じゃない。悪い編集者は、意図的に嘘を吐く。そうした奴等は無能で、仕事も出来ない。しかしそこまで言うと...ちょっと話が大袈裟すぎる。単に善良な編集者でいるだけで、十分に罪だ、ということは、すぐに分かってもらえると思う。
編集者の言う「締切り」は、健全な人物がその言葉から想起する意味においての「締切り」ではない。本来締切りとは、言うなれば、IRS(*1) が言うところの「直ちに金を支払え。そうでないと君は一番上の子供を亡くすことになる」と同等だ。だから君たちは、ライターやアーティストたちにとっての締切りとは「それよりも遅れたら、作品が出版されない」というもの、と考えるかも知れない。
わはは。そりゃ嘘だ。そんなものにライターやアーティストが騙されてくれると思い込んでいる編集者を哀れに思ってやって欲しい。結局、入稿が遅れることによって、編集者はジレンマに陥る。つまり、誰か代理を立てようにも、もう何もかも手後れなのだ。だから、彼らは待つしかない。
要するに、締切りというのは単なる目安だ。つまり、別の言い方をすれば、「この期限を過ぎても、一応原稿は受け付ける。でもそうなると、僕の編集者としての仕事 -- そして他の出版チームもそうだけど -- は、より厄介なものになる」ということだ。
どう良く見たとしても、編集者に出来る事といったら、耐える事と、後で泣き言を言う事くらいだ。そして、「締切り」が過ぎてしまったら、その後には二人の人間の首が「しまる」事になる。
これらは全て編集者の落ち度である事は明白だ。編集者は、腹の立つほどきちんと仕上がった原稿を受け取る。そして、彼らには、予定通りに出版するまでの責任が負わされることになる。彼らが責任転嫁して人をなじる様子が目に浮かぶようだ。なんて神経してるんだ!
編集者はしばしば、その属する会社が手がかりを握っているという立場を取ることがある。更に悪い事に、彼らは、その会社の出納簿がきちんとつけられていると思い込み、また、会社にきちんとした財政的な感覚があると思い込むことがある。その結果、最高の編集者でも、一日に半ダースもの嘘をつくことがある。それも、本人は全くそれと意識せずに、だ!
「今月中には支払われるよ」は嘘の最たるものだ。まるで、署名済みの契約書と、会社の収入がそのまま支払いに繋がるとでも考えているかのようだ。純粋な編集者よ、可哀相に。約束を守れない他人のために嘘をつくのだね。
「あなたの注文/要求は承りました。対処させていただきます」これは編集者にお金を送って、何か(大抵は製品とかそういったもの)を待っている時によく聞く台詞だ。編集者もその製品を作っている内の一人だ。だから「どうなりましたか?」とその後聞かれる事になる。その編集者は、当然他の誰かがやっているだろうと信じているので、確信を持ってこう答える。「もうじきです」
善良な編集者は、すべからくあらゆるものごとを放置し、自然とそれが終わっているようにする。彼らはそうすることで、そのことが完了すると確信するのだ。別の言い方をすれば、つまり、これは明らかな欺瞞だ。他の誰かがその仕事をきちんとやっているという事が証明できないのだから。よって、そこで起きる全ての問題は、彼ら(つまり編集者)のせいなのだ。これは明白だ。
だから、君たちが出版社に文句を言いたければ、編集者を責めるべきだ。ご覧の通り、全ては彼らの落ち度なのだから。
出版の工程を鎖に例えれば、編集者はその輪の一つだ。出版の工程は創造から印刷、マーケティング、セールスの全域に及ぶ。編集者は原稿の進み具合を把握していると思われているので、そうした問合せをしばしば受け、何かを言わなければならなくなる。何か、しばしば真実ではない言葉を。
編集者は大抵、「大丈夫です」と答える。時間どおりに、十分な品質を持った原稿が、正しくレイアウトされて、印刷所へ届き、正しく印刷され、発送され、そしてゲーマー達を喜ばせる、という意味だ。
編集者の仕事は、良い製品を作る事だ。そして彼らはそうしていると言う。違う事を言うなんて馬鹿げているのだ。
本当の事を知りたいか?
「大丈夫です」という言葉は、気休めとしてはそこそこ機能していると言えるだろうね。
編集者は、ライターの罪を隠すために嘘をつく。出版者の多くは、前作の評判につられて「著名」なライターを雇ってみたあと、後悔するに至り、しばしば同じコメントを口にする事になる:「連中の編集者をこそ雇うべきだった」と。
結局、編集者の仕事というのは、ライターの記した芸術的な生の言葉を、より信頼できる形に置き換えることだ。そして、それをあたかも著者が一人で行ったかのように仕立て上げることなのだ。編集者が作品に貢献していると考える人は少ない。だが、彼らの努力によってこそ、作品が成り立っているというケースもあるのだ。
だから、彼らは自分が持つ影響力についても、嘘をついていることになる。真に偉大な編集者は、自分が傾けた努力を明確に示そうとしても良い筈だ。多分、ライター自身が記述した部分を普通のテキストで、自分が手を入れた部分を太字で書いたりといった形で。そうすればきっと、そのライターの真の作文能力の程度を、よりフェアに示す事が出来るだろう。そして、ライターの名前は、より頻繁にカバーに載る事になる。そうすればきっと、より誠意に満ちた本が出来上がるだろう。
しかし、編集者はそうしない。そうする代わりに、ずっと仮面舞踏会を続けるのだ。僕に言わせれば、不道徳というものだ。
編集者に課せられた役割の内、最も大きなものの一つが、チアリーダーとしての役割だ。ライターやアーティストによい仕事をしてもらうために、励ますのだ。編集者はそうして出来上がったものが、正しく製造過程に回されるよう、確認する必要がある。ゲーム製品やそのゲームの全ラインに対しての熱意を感じさせるような編集方針を打ち出すよう、集中する努力をしなければならない。
短く言えば、彼らは夢を育む手助けをする。良い仕事をするために、誠心誠意努力する。出版という仕事は簡単ではないし、またパーフェクトには出来ない。でも、編集者は、この仕事に携わる人たちが最高の仕事をすることが出来るよう、皆の士気を鼓舞していかねばならない。編集者はオプティミズムを振りまいていなければならない。その会社のイメージという点においては、彼らは最前線の兵士なのだ。全く正直な編集者は破滅するだけだ。
マーケティングは、明確な意図の元に誤魔化しをやるけれども、それとは違って、編集者は出版物と非常に密接に関わっている。彼らは、真に達成されたものが何かをよく知っている。しかし、彼らは、自身のプロジェクトが失敗に終わった場合であっても、自分の心情を公式に明かす事が出来ない。トーテムポールの中での彼らの占める位置が、あまりにも低過ぎるからだ。
彼らは問題点を大っぴらに口にすることが出来ない。そして彼らが公式に口にするコメントは、いつもご陽気なものとなる。だから、編集者は、控えめに言っても、省略することの罪を背負わねばならない。
さて、上記から、真に倫理的で、正直で、完全に誠実な編集者が何をしなければならないかは明らかだ。ちょっとエミュレートしてみよう。
このアドバイスに従ったら、それ相応の結末を迎えるのは疑う余地も無い。実際、これは完全にかつ全面的に事実であり、また出版業界で成功する方法の一つであることも真実だ。これは保証する。つまり、このエッセイには編集者はいない。
編集者が嘘吐きで良かったと思わないか?
じゃあまた来月。
Sandy
sandy*at*rpg.net