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Soapbox: Looking at the Industry


高品質のゲームを出版し、批評を素直に受け入れ、幸せな人生を送る方法

あるいは、二つ選べ

by サンディ・アンテューンス(Sandy Antunes)

October 5, 1999

翻訳:Thalion <thalion*at*os.rim.or.jp>

パーフェクトワールドにおける第一版

十年ほど前の事になる。ホワイトウルフ社が、"Vampire, the Masquarade"を出版した。勢いのある設定、力強いアートワーク、こずるいゲームシステム、魅力的な架空の歴史背景、などがあいまって、数多くのゲーマーを惹きつけた。ヴァンパイアな PC をつくるためのルールが全く抜けていたけれども、それは大した問題とは思われていなかった。幸いにも、最初のサプリメントがそれを掲載する筈だったからだ。第二版が出る頃には、このルールも掲載されている事だろう。

実際、第一版のルールブックは完全でなきゃならない、って思っている人なんていやしない。その本が出版されるまでに乗り越えなければならない様々な困難(つまり、文章、アートワーク、編集作業、レイアウト、そして校正)などを考えてみれば、ゲーマーたちは、その本が出版されたという事だけでラッキーだと思ってるべきなんだ。そんな本がたったの30ドルで手に入る幸せをカミシメてるに違いない。

その通り。ヴァンパイア抜きの "Vampire" は、見事な成功を収めた。そしてその方法論は、今日のスタンダードとなっている。偉大なる印刷者の格言のモジリって言えば、今日のゲームはしばしば次の特徴を持っている。「優れた設定、明快なルール、そして立派なプレゼンテーション...:二つ選べ」

既にお分かりの通り、僕が言う「第一版におけるパーフェクトワールド」とは、つまりデザイナーの視点から見たものだ。実際にはパーフェクトワールドには二つある。一つはゲーマーのパーフェクトワールド。全ての製品が高い品質を持っていて、第一版が出版された時点で、大抵完成品であり、かっちりと仕上がっているのが普通な世界。もう一つは、出版者のパーフェクトワールド。デザイナーがラフを出す。慈悲深く融通の効くユーザーが、文句も言わずにそれを買ってくれる世界。

皮肉屋と呼んでくれてもいいけど、実際、僕らはこのどちらにもたどり着けていないと思う。この事は、ゲームというものが何から成り立っているのか、という問題を思い出させてくれている。

  1. クールな設定 (芸術)
  2. 読みやすさ (技巧)
  3. 一貫性 (信用)

この中の二つだけ出来てればOKという訳にはいかない。例えそれが第一版だったとしてもだ。全てをクリアしなければならない。この命題を、ゲーム業界におけるメタ・ゲームとして考えてみることにしよう。

芸術

いや、ここでは別に「ゲームは芸術なのか」という議論を繰り広げるつもりはない。ゲームを「芸術」と呼ぶのは、つまり、ある概念を表現するための創造的な技術、という意味でのことだ。

ゲームにおいては、クールな設定というのは、ゲーマーを惹きつける「フック」であり、かつゲームの根底に流れる精神でもある。「AD&Dとは、d20を使うクラス制のシステムのことだ」とは言わないだろ? つまり、「D&DはファンタジーRPG」とか、「シャドウランはサイバーパンク+魔法であるのに対して、サイバーパンク2020は正統派サイバーパンク」とか、そういう意味の事だよ。別に「ダイスプールシステム」対「スキルベースのシステム」とかいう話じゃない。

ルールは設定に織り込まれる。設定やジャンルが異なっていれば、それに必要なルールセット(あるいはサブセット)も自ずと異なって来る。また、ルールはそのゲームのフレーバーを強く左右する要素でもある。膨大な数値の処理を求めてくるシステムは、やはりダイスレスが好きな人々にはアピールしないだろう。こうした事は、ゲームそのものの本質なんだ。

また、大まかなスタイルも「クールな設定」に含めようと思う。陰うつなゴシック風、お気楽なアニメ風、博物学的完全さ、などは、そのゲームシステムが持つスタイル上の特徴だ。ライターやデザイナーがゲームの要素として突っ込んだ、こうした実体を持たない物事を全てひっくるめたものが、「芸術」だったりするわけだ。

ルール、設定、スタイル、雰囲気、世界設定、キャラクタ、舞台、地図、歴史、密かなプロット、錯綜する物語、定められた出来事。本を構成するこうした要素が芸術であり、デザインチームの心から紡ぎ出されたものなんだ。さぁそいつをプリントするとしよう!

技巧

ここで読みやすさの出番だ。丁寧な職人の技がものを言う所。例え最高の作品であっても、正しく表現されなければ、決して世に出る事はない。これはコミュニケーションにおける基礎だ。「その表現方法は、デザイナーの意図を、正しく読者に伝えているか?」 この問いに対する答えは、常に「イエス」でなければならない。

こんなことは言いたくないんだけれども、新参の出版者が一番しくじりがちなのがここだと僕は思う。的を得ない表現方法のせいで、彼らの優れたアイデアは埋没したままになってしまっている。ここでレッスンその1:読み間違えた読者が一人なら、それは運が悪かった。でも十人なら、それは君の「作文」ロールが失敗している。

品質の高い製品を作るには、才能と、時間と、そして努力が不可欠だ。そして、ここでも「二つ選べ」という台詞は通用しない。君に才能が無ければ、そういう人を雇うべきだし、時間が取れなければ、外部委託するべきだ。努力が嫌なら、この業界にいるべきではない。以前の我々とは少々変わってきているが、「我々には三つの要素が必要だ。二つを選べ」という訳にはいかない。優れたベンチャー企業には、この三つともが揃ってなきゃいけない。

さて、アイデアを現実のものにしようという人は、ここで少々戸惑うかも知れない。「でも、外部委託するだけの資金を調達するには?フリーランスに払う金は?」だが、いいかね?そこがゲーム出版業とファン活動との違いだ。ゲーム出版はビジネスだ。ビジネスには資金と時間が必要であり、時として馬鹿げているとさえ言えるほど、君に負担を求める。一方で、これは君の人生の中でも最もエキサイティングな冒険となりうる。そしてそれが終わったとき、死ぬほど沢山の物語と、人格というものについての教訓を得る事になるだろう。

経験をつむのは、技を磨くのには良い方法だ。このサイトで公開されているレビューでは、プロとして不足のある作品に対して、手厳しい非難が飛ばされている。だがそれは、僕たちが、新たなる才能の持ち主に対する試金石となっているからなんだ。僕らは、沢山の良作と、僅かな優秀作と、そして一部の、恐ろしく酷い代物とを観てきた。こうした人々は、それでも大部分の人よりも一ステップ先んじている。

  1. 書く
  2. それを人に読ませる
  3. 批評とフィードバックを元に、自分の技を磨く

オーケー。ステップ3については、無理強いはしないよ。ただまぁそういう機会はあるということだ。最初の二つだけでも、始めるのにはいいやり方だと思う。ライター志望者は、実際に原稿を出す段になって怖じ気づく事が多い。でも、それさえ乗り越えてしまえば、プロになるための一番キツいハードルを越えた事になる。

理想的に行けば、君はこの3点全てを達成しようとするだろう。批評を受け入れるのはとても難しいことだ。だが、ものを学ぶ上で、それを避けて通る事は出来ない。友人の間や、ファンジン、オンライン、あるいは自社を立ち上げて、そのどのやり方で君が始めようと、君の作品には必ず何らかの弱点がある。残念だけどね。 土木工事さながらに作文をこなしてから、それに対する批評を貰う方が、遥かに良いことだ。そうすれば、「第一版」を出す頃には、いろいろ粗削りな点が奇麗に研ぎ澄まされて来るだろう。

自分に対する覚え書き: RPGnetの新しいスローガン「今、ライターをヘコませよう。後でヘコまないように」ってのはどう? 駄目だ。流行りそうにないや。(*1)

つまり、技巧についてはこういう事が言える:それは教育によって育まれるべきものであり、かつ常に批評に晒され、研ぎ澄まされる覚悟を伴わねばならない。ぶっちゃけた話、この点について完全に熟知している人なんていやしないんだ(いや確かに例外はいるけどね。John Tynes(*2) とかさ)。つまり、批評は自然なサイクルの一つということだ。

批評家が指摘した通りだと思ったとしても、それはあなたがクリエーターとして劣っているという事ではない。君が将来書き上げるであろう作品群を通して見れば、その作品がベストではなかったというだけの事だ。実際そうだと思わないか?

そして、もし批評家の言う事に納得できないとしても、解決方法はある。そういう連中が、あなたの作品を目に留めないような、宣伝コピーの書き方を勉強すればいいんだ。

信用

「芸術」はライターと美術さんの領分だ。「技巧」にはこうした人たちの他に、編集者(と製作やレイアウトのスタッフ)が含まれる。さて、さらに広汎な概念として、「信用」が挙げられる。これは編集者を起点として、ラインデベロッパーへと、上流に向かって流れる。これは軍隊の階層構造と似ている。そしてこの流れは最終的には組織の頂点(つまりオーナー)へとたどり着く。

信用には、一貫性が含まれる。これはつまり、作品についての連続性を保つ事であり、そのゲームの底辺に流れているスピリットに背かない、という事でもある。また、決まりごとの一貫性という面もある。表紙に海賊の絵が載っているシステムを出すのなら、その中に海賊行為に関するルールを載せるのは良い考えだ。プレイヤーに、深宇宙を進む宇宙船のクルーとなる事を推奨するようなシステムなら、宇宙船との契約に関するルールを盛り込むのも、良い選択だろう。

勿論、沢山の馬鹿ゲーマー達に、実力不足だと思われたり、あるいは勝手にそう決めつけられたりする可能性はある。あるいは逆に、そうした馬鹿ゲーマーたちの的外れな指摘や、作品の深みを理解しようとしない事について、君は非難して良いのかも知れない。

だがこれだけは忘れないことだ。 -- 馬鹿ゲーマーも賢明なゲーマーも、同じようにゲームに金を使っているということを(事によると、馬鹿の方が沢山使ってるかも知れない)。そして、世論を敵に回すようなことになってしまったら、ひょっとすると、デザイナーの狙う通りの製品が売れなくなくなってしまう可能性も、考えに入れておかなきゃならない。

また、約束したことを一貫して実行するということは、生産ラインにとっても、あるいはゲームそのものにとっても、決定的に重要な要素だ。

今日のゲームストアを観てみよう。一見、彼らは顧客にゲームを売るために存在しているように見える。だが正直言って私には、ショップの店員が、暇を潰すためにいるのか、本気で商売をするつもりでそこにいるのか、疑問に思える。ただの「店員」と「販売員」の間には、大きな隔たりがある。使えないショップの連中が何と言っているか知っているかい? 「お客ってのはマジで、トラブルの元だよな」だよ。

じゃあここで、あるゲームセッションを酷評してみよう。僕が参加したあるセッションは「ハードSFもの」になるという約束だった。けれども、蓋を開けてみたら、「ラブクラフトもの」になっていた。「ハードSF」になるという約束は体よく誤魔化されてしまったんだ。振り返ってみると、僕らが不快に思ったのは、別にラブクラフトな場面があったからでは無かった。ジャンルを捻ってみたり、新しい方向性を求めたりという実験をしてみることは、GMの義務なんだから。

いや、実はそいつにハードSFをやらせてみたら、やっぱつまらなかったんだけど、その事はこの際置いておく。これは、基本的なところを表しているんだ。つまり、実験をやる前に、最初の約束を果たしておくべきだ、という事。それをしないと、自分がプリマドンナをやるために、わざわざ観客を誘拐するのと同じ事になってしまう。

良い仕事の一例は、シャドウランに見られる。デザイナーたちは、まずカッコ良いサイバーパンク世界での冒険を約束事とし、それに魔法と神秘の要素を叩き込んだ。ただし、まず土台を築いておいて、神秘的な要素を付け加える事で、最初の約束事が壊れないように気を配った。これによって、ガッチガチのサイバーパンクアクションと、クールなバックプロット、そしてファンタジーの要素を併せ持つゲームを実現した。まず基礎を用意し、その上にゲームを作り上げていった訳だ。

最近のゲームの多くは、この「土台作り」のステージをないがしろにしているように見える。そして、観客との最初の「約束事」を忘れてしまっているようだ。そのため、観客が期待している事と、実現されたこととの間にギャップが生じ、一貫性が失われてしまっている。ステージについての言葉を引用しよう(原典は忘れた)「あるステージにおける時間は買う事が出来る。ただしその対価は、時とともに増していく」 エンターテインメントとしてのゲームを考えた場合、この言葉はかなり当てはまる。例え君の関わったゲームの出来が悪くても、プレイヤーは一度は試してくれるだろう。だが、そのラインを全部買い揃えてはくれない。だから君は、彼らが興味を失わないように、またお金を払ってくれるように、気を配り続ける必要がある。

一貫性に関する言葉としては「することを言え。そして言ったらやれ」がある(これは ISO-9000 としても知られている)。憎むべきは反故にされた約束である。さて、ここで皆さんはブザーを鳴らしたいところだろう。新製品のリリースや、クールなアナウンスメントをする前に、実体のない大袈裟な宣伝を行うのは、ゲリラ的マーケティングの常套手段だからね。

でも、ブザーは引っ込めて。君が非公式なアナウンスメントや、別件で触れた事であっても、やがて君自身がそれをフォローし、実際の製品に反映させなきゃならなくなる。それが新しいサプリメントだったり、あるいは新しい製品ラインであったり、ウェブページの新機能であったりしてもだ。空手形でも駄目。約束は約束だ。

だから、優れたアイデアを出し、作り込んだ良い製品を出そう。信用を築き上げ、口にした事は実行しよう。これこそが、成功するゲーム会社を作るための正当なレシピなんだ。

優雅さ

「人格」は、逆境や急な転落、あるいは豊かな富を得たときに、それとどう付合っていくかを決める要素とも言える。人格は重要な要素であり、きちんと手入れをするべきものなんだ。君がゲームをプレイし、そして出版をしたいのなら、君はそれで食べてはいける(多分ね)。でもそれは生きていくための手段ではない。だから、君は、そういう事を楽しんでやっていけるかどうかを、よく考えてみるべきだろう。

出版に興味を持ったら、自分がなぜそう思うのかを考えてみる事は大切だ。金?名誉?創造への芸術的欲求?暇を持て余しているから?グルーピーが欲しいから?

この指針と、あとこれまでの僕のエッセイの内容に従うならば、RPG業界の一員となれるんじゃないかと思う。そして、レジャー、名声、莫大な収入、に囲まれた素敵な人生を歩んで欲しい。

二つ選べ。

Sandy
sandy*at*rpg.net


訳注

*1:
これは映画 Austion Powers, The International Man of Mystery に出てくる台詞のモジリ。元々は Shall we shag now or shag later(先にアレする、それとも後でスる?)

*2:
John Tynes はアメリカ RPG界の第一人者として有名なデザイナー/エディター。"Unknown Armies"(Atlas Games社)の共同デザイナーであり、また「クトゥルフの呼び声」用サプリメント"Delta Green"等で有名な Pagan Publishing 社のチーフエディターでもある。


この記事は米国RPGnetの許可に基づき翻訳されたものです。日本語訳については当サイト管理者ben*at*land.linkclub.or.jpまたは翻訳者まで。記事の内容については本人へ英語で連絡してください。

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