第五章では、私が理想と考えるデザインの各工程を、順を追って示した。これまでに述べてきた概念を取り入れた一般的な手法を紹介したのである。しかし、それはあくまで理想論であって、実際に使う上では現実に合っていないのが実情である。私自身、第五章に述べた順序どおりにゲームをデザインしたことは一度もない。実際にはデザインは、もっと紆余曲折している。この章では、実例として、私がどのように『エクスカリバー』 (EXCALIBUR) をデザインしたかを紹介しよう。現実のデザインがどれだけ愚かでミスだらけであるかを、第五章で述べたような理想論と比べることで、理論と実践の間のギャップを埋める手助けとなるだろう。
1981年12月、私はアタリ社 (ATARI) のアラン・ケイ (Alan Kay) が新設したコーポレート・リサーチ・グループ (Corporate Research unit) での仕事を始めた。ケイ博士は、「すべてを任せるから、自由にゲームをデザインしていい」といってくれた。私も信頼に応えるべく、それに値するだけのゲームを作ろうと決意した。私はこのゲームを、雄大で輝かしく、他のすべてのゲームを恥じ入らせるほどの、最高のゲームにしたかった。マーケティングの面は目をつぶることにして、このゲームは、メモリ48KB、フロッピーディスク専用というぜいたくな環境で動作させることにした。これにより、コンピュータ資源はふんだんに使えるようになった。
私はもともとウォーゲームをデザインしてきたので、自然と、今度のゲームも戦争を扱おうと考えた。戦争は、人間同士の対立の極限を表現するものであり、最大の邪悪であり、最高の悲劇である。深刻なテーマを好む芸術家がまずこれを主題に選びたがるのも当然であろう。私は、ウォーゲームにおける戦争の扱いに新しい切り口をみせたかった。従来のウォーゲームは、戦争について深く考えもせずに、英雄的行為の表現として賛美したり、魅惑的な知的パズルとして扱ったりしている。私はウォーゲームに、さらなる何かを欲したのだ。戦争という言葉が意味する本当の何かを。私が目指すゲームでは、生き残るための選択肢として戦争が行われることもあるだろう。ただし戦争を軽薄に扱うことはしたくなかった。ただ戦うことだけを考える戦争屋は、どうしても負けてしまうようなことになるゲームが欲しかった。なぜなら、平和的な戦略こそ最善であることが多いということを、私は深く信じているからだ。このゲームでは、人間の政治的手腕を扱い、それは必ず、リーダーシップに焦点を合わせることになるだろう。もうひとつの基本的な目標は、実際には多くのゲームを連結させて、ひとつのゲームを成り立たせるということだった。これによって、さまざまなことを描写できるはずだ。政策、政治的手腕、そして、戦略上の間接的なレベルから戦術上の直接的なレベルまでの、さまざまなスケールの戦争を。
次に、ゲームで再現すべき空想の世界観を決めた。私は、ふたつの候補のどちらを採用するかで悩んだ。大きな核戦争後の米国のゲームか、それとも、ローマの権威崩壊後の、暗黒時代の英国のゲームか。どちらも、惨事の後に自らを立て直そうとしている社会である。前者は、私の目標とするゲームで扱うにはあまりにも悲惨すぎると思えた。さらに、後者には、アーサー王伝説 (the legends of King Arthur) という、本質的に興味深い主題が重なっていた。よって私はアーサー王のほうを選択した。
このゲームにおいて、プレイヤーはアーサー王ということになるだろう。そして目標は、英国を統一して平和をもたらすことである。他の王たちのアーサー王の権限に対する反発がプレイヤーの前に立ちはだかる課題となるだろう。権限を確立するため、プレイヤーは、さまざまな行動を行う必用があるだろう。軍事行動は、さまざまな選択肢のうちのひとつに過ぎない。むしろ、軍事の過剰利用は民族を非情にして、果てしない反乱と無政府状態をもたらすようにしようと、私は決意した。これらの崇高な目標を立てるとともに、私は本格的にゲームデザインの仕事を始めた。
私はまず、「リーダーシップとは何か」という難問に取り掛かった。ゲームのテーマであるこの問題に答えることはゲームを作る上で重要なことだ。国家レベルのリーダーシップの本質を明確にし、それをゲームで処理しやすい形に煮詰めることは不可欠だった。リーダーシップの核となるものを抽出し、それを表現するための形式をデザインする必要があった。軍事的な面でのリーダーシップは最も明白で、扱うのも容易である。プレイヤーが軍事的な決定をするゲームをデザインするのに、私にとって何も難しいことはなかった。だが、それだけでは十分ではない。もっと広い範囲を扱いたかった。私のゲームは、リーダーシップの、社会的、外交的、対人関係的な側面を扱わなければならなかった。こういった要素を、どうやってゲームで表現し、操作すれば良いのだろうか。私は何ヶ月も悩みつづけた。
このような基本的な問題で、いらいらが募るのは早かった。早く先に進みたいと願う私の中の子供の部分は、当面の満足感を欲した。そこで、気を紛らすため、ゲームのタイトルとエンディングシーンを書いた。これらはゲームの構造上それほど重要ではなかったので、私のデザインの完全性を危うくせずに、面白いグラフィック技術を考える機会を得ることができた。エンディングシーンでは、若干の面白い問題があった。エクスカリバーが湖上の空中でくるくると回転して落ち、水の中から突然現れた手がそれを捉え、そして波の下に隠れていくシーンである。私は、剣の刃が風を切る寂しげな音を入れようとして多くの時間を費やしたが、満足のいく結果は得られなかった。そこで私は発想を転換し、タイトルとエンディングシーンに適切な音楽を添えることにした。私は次の2曲を最有力候補として選んだ。ワーグナー (Wagner) の『ジークフリートの死と葬送行進曲』 (Siegfried's death and funeral) と、ドヴォルザーク (Dvorak) の『交響曲第七番』 (Dvorak's Seventh Symphony) の一部である。
私はまた、ゲームの基本的な構造を決めた。このゲームを4段階に入れ子になったシステムとして表現することにした。第1段階のシステム、『キャメロット』 (CAMELOT) が、アーサーの城内での活動を扱う。これらは、王国の内政、外交の処理、軍の準備などを含むだろう。第2段階の『ブリテン』 (BRITAIN) は、アーサーが軍を率いて国中を周り、戦略上の軍事活動に携わることを可能にする。第3段階の『バトル』 (BATTLE) では、敵軍との戦闘を行う。もしアーサーが戦場で敵国王に出会うことができれば、第4段階『ジャウスト』 (JOUST : 馬上槍試合)に入る。これは、アーサーが敵を馬から振り落とす、シンプルなアクションゲームにしようと考えた。完全な一人称視点で、前進する騎手を描き、画面を上下に揺らすことで、アーサーの馬が疾走する様子を表現する。私は、3Dグラフィックを生成するうまいアルゴリズムを考えたりして楽しんだ。けれども、多くの努力を費やした後、ゲーム全体の中で『ジャウスト』をプレイするのはほんの数秒だけで、ほとんどプレイヤーへの障害にならないということに気付いた。それで私は、新しいアイデアで始めからやり直すことにした。今度は剣での切りあいをゲームに入れたらどうだろう。最初の問題は、ジョイスティック操作で、どうやって剣の動きをシミュレートするかということだった。私はものさしを持ち出して、それをリビングで振ってみたりして、何時間も過ごした。ジョイスティックでうまく表現することのできる何らかのパターンを、直感的に見極めようとしたのだ。これは困難だった。剣術における剣の振り方は非常に複雑な動きであり、ジョイスティックで十分に表現できるようなものではないからだ。だが結局、私は合理的なシステムを見出した。ジョイスティックの端から端への動きを、剣の攻撃の角度に対応させるのだ。面、胴、袈裟切り、ジョイスティックを倒した方向に剣を振り、逆方向に倒せば剣先をかえすことになる。
この問題が解決し、私は3Dグラフィックで敵の剣士を描写する、新しいグラフィックルーチンを作ろうとした。これは非常に難しい仕事であることがわかった。私は結局、馬上槍試合ゲームを捨てたのと同じような多くの理由により、ちゃんばらを断念することにした。そもそも私は、剣のみでアーサーが勝利を掴めるようにはしたくなかったのだ。剣による戦いが勝利に結びつかないとすれば、それがゲームの中に存在している理由は何だというのだ。
3月になり、私は『ブリテン』 モジュールの仕事を始めた。これは、たくさんの飾り付けがされたスクロールマップだった。私は以前に『東部戦線1941』 (EASTERN FRONT 1941) や『リージョネア』 (LEGIONNAIRE) で同じような経験をしていたので、このモジュールの実装は容易だった。このゲームではより多くのメモリが使えたので、奮発して、巨大なスクロールマップを作ることに決めた。私は、非常に大きい、6Kのマップを仕上げた。
デザインは私の頭の中で、徐々に形になっていたが、ある基本的な問題に答えを出せないままでいた。これは歴史のゲームなのか、フィクションのゲームなのかということだ。すなわち、6世紀の英国についてのゲームなのか、アーサー王についてのゲームなのか。私は、両方の題材について可能な限りの本を読んだ。この研究により私は、6世紀の英国というのが、無秩序で憂鬱な場所だったと結論した。先住民のケルト人 (Celts) は、東海岸からのアングロ・サクソン人 (Anglo-Saxons) の侵入から故国を守っていた。2世紀をかけて、アングロ・サクソン人は、ケルト人を徐々に西方へと押しやっていった。実在のアーサー王は、アングロ・サクソン人に対する反攻を指揮した、ケルト人の将官である。バドンの丘 (Mount Badon) の戦闘に勝利し、およそ50年の間、アングロ・サクソン人の攻撃を止めたのだ。けれど、アーサーの成功は短い休息にすぎず、最終的にはケルト人は敗北した。したがって、歴史の記録は、それ自身を再構築しようとする社会という、私が当初再現しようとしたテーマを満たしてはくれない。それどころか、暗黒時代の英国の物語は、侵入者によって容赦なく追い払われる一民族の物語なのだ。
だが、征服された者たちの夢が、それに打ち勝つアーサー王の伝説を生み出し、伝説は時代を経て、どんな語り手のニーズにも適するように都合よく形作られていった。これらさまざまに変化しながら語りつがれてきた伝説を読んだとき、私は、彼らの並外れた柔軟性に衝撃を受けた。それぞれの芸術家が、アーサー王伝説に異なった性格付けをした。宗教的暗示や、下品な物語や、騎士道といったご都合主義である。かのマーク・トウェイン (Mark Twain) さえ、それを彼特有の痛烈な社会のコメントに転用した。
映画『エクスカリバー』 (EXCALIBUR) を観たときに、大きな転機が訪れた。それは素晴らしい映画で、アーサー王伝説のベストな要素を美しく捉え、なお独自の表現をしていた。私は何度もそれを観て、物語の深さを大いに楽しんだ。この映画があまりにも素晴らしかったので、私は恥ずかしくなった。私は、美しいグラフィックに固執して、重要な芸術的問題を妥協してしまっていたことを悟った。私は、静かな丘に登り、熟考して一日を過ごした。私は、以前に決めた崇高な芸術的目標に、再び専念することにした。私はまた、自分独りではそれらを実現できないということに気付いていた。助けが必要だった。私は、ラリー・サマーズ (Larry Summers) の助けを借り、また、ヴァレリー・アトキンソン (Valerie Atkinson) を雇った。決意を新たにして、我々は仕事に取り掛かった。
1982年5月の時点で、私はすでに大まかなデザインを確立させていたが、細部のほとんどは未完成のままだった。コードはすでにいろいろ書いていたが、それらは別々に動作していて、まとまってはいなかった。総合的なデザイン仕様書は一切なかった。この期に及んで、私は愚かにも、明らかに重要でない仕事を選択した。私は、画面にゴシック文字を描画する、『カリグ』モジュール (CALIG) を書いた。ヴァレリーは、そのルーチンのためのビットマップテーブルの準備に着手した。ラリーは、タイトル画面に音楽を加える仕事の仕上げと、フェードイン・アウトのルーチンを担当した。この仕事で、あろうことか2ヶ月近くを費やしてしまった。誇張ではない。
6月に、我々は『キャメロット』モジュールの仕事を始めた。これは、ヴァレリーがメインとしてプログラミングすることになった。このモジュールは、実際には図案化されたメニューだった。それぞれの部屋(メニュー)に、一単語で記述された四つの選択肢があった。プレイヤーは、縦方向に王冠カーソルを動かして、メニューを選択できるようにした。その右に、重要な情報を表示するためのグラフィックウィンドウを配置した。たとえば、「円卓の間」 (Round Table Room) には、円卓を表す円を描き、そのまわりに、騎士たちを表す盾を描画した。部屋における彼らの空間的位置は、そのまま、社会的な関係を示していた。「宝物庫」 (Treasury Room) には積み重ねられたコインの絵を表示するつもりだったが、後に、より詳細な経済データを表示するために、このフィーチャーは削除しなければならなかった。また、スクリーンに多くの色を表示できるディスプレイを使うつもりだったが、実行時間がかかりすぎたため、このアイデアも断念した。
ヴァレリーがこの大仕事を始めたころ、私は、円卓における社交のゲームに取り掛かった。やろうとしていることの規模は実感していなかった。私は、アーサーに社会集団の管理をさせるための、小さなゲームを作りたかった。すぐに私は、このようなシチュエーションの面白いところは、放射状の関係(アーサーと他の騎士たちの関係)ではなく、騎士たち同士の横の関係であるということに気付いた。アーサーは必然的に騎士たちを放射状に扱わなくてはならないけれど、横の関係は決定的要因となるだろう。このシステムが魅力的であることがわかったので、それを集中的にやってみることにした。私は、グループの行動を一番面白くモデル化するアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムには非常に満足していたので、急いで、それを単独のゲームにした短いBASICプログラムを作成した。このゲームは非常に有望に思われた。特に印象的だったのは、私の妻の反応だった。彼女はつまらないゲームに手厳しいのだが、このゲームはすぐに気に入ってくれた。彼女が楽しめるものを作れたということは驚きであり、嬉しかった。『エクスカリバー』のデザイン中に生まれた、この新しいゲームを、完全に新しいプロジェクトとして研究を続けることに決めた。アリック・ウィルマンダー (Aric Wilmunder) が、『ゴシップ』 (GOSSIP) と名付けられたこの新ゲームのデザインのために雇われた。
7月からは、遅々として進行せず、挫折気味の長い日々が続いた。私はこの本を書くことに時間を割き始め、さらに他のことでも注意がそらされた。私が毎日アクティブに参加できなくなり、プロジェクトはもたつき始めた。ラリーとヴァレリーは、弱気な状態の中でも最善を尽くして、彼らの仕事をこつこつやっていた。彼らは、数ヶ月をかけてゆっくりと、私が手短に記述していた骨格に肉付けをして、システムを作り上げた。私は、プロジェクトに割ける時間がわずかしかなく、勘を頼りに多くのデザインを決定することになった。週に一回の打ち合わせで、彼らは私に最近の問題を報告する。もう先週のことはほとんど忘れてしまっているため、一緒に当面の解決策を考えるのだ。わたしの勘もそこそこものものではあったらしい。こんな嘆かわしい状態が繰り返された。結局、私のその場しのぎの決定の多くが、全体的なデザインの中で、微妙な問題を引き起こすことになった。気の毒なヴァレリーは、『キャメロット』モジュールに機能を追加しては、それを取り上げられたり、後になって再導入したりするはめになった。
この期間の我々の記録は、多くの無駄な努力を示している。我々は、宝物の間のコインの積み重ねで、資金量を表現することを意図していた。コインの描画ルーチンを作成するため、多くの時間が費やされた。しかし結局、このコインの積み重ねを表示する十分なスペースがないことに気付いて、単なる数字を使うことになってしまった。それだけではない。宣戦布告、同盟、包囲作戦、貢物の要求、動き回る軍隊など、これらは皆、我々がデザインし、プログラムして、結局捨てることになった要素であり、私自身の事前計画が失敗だったことをあらわにしている。
6ヶ月が、この混乱状態の中で過ぎていった。しかし完全に無駄だったいうわけではない。いや、多くの進歩があった。ラリーは、経済の処理や『ブリテン』モジュール、ディスク交換、外交上のニュースの表現、そして、肥大化していくコードの統合の多くを完了した。ヴァレリーは、『キャメロット』モジュールにさらに新しい機能を盛り込み、ゲーム全体で最も大きく複雑なモジュールに仕立てた。とはいえ、私がもっと計画的で、プロジェクトにもっと多くのエネルギーを捧げていたら、半分の時間で同じことができたはずだ。クリスマスには、皆もう疲れていて、士気が下がっており、プロジェクトの完了を絶望視していた。暗い日々だった、本当に。
1983年1月、私は私の中で『エクスカリバー』を最優先のプロジェクトに戻すことができた。私は、再びプロジェクトに取り掛かったが、その心は冷めていた。早いところこのプロジェクトをやっつけてしまおうと。1982年に思い描いていた、雄大で高尚な感覚、真に壮大なゲームといった深遠なビジョンは、どこかへ行ってしまっていた。
何が何でもゲームを完成させるという悲壮な決意がそこにあった。私は頻繁に、ラリーやヴァレリーと話し合った。デザインを容赦なく切り裂き、あいまいな定義や必須でない部分を剥ぎ取っていった。私自身の能力が足りなかったために、膨大なコンピュータ資源を消費することで逃げようとしていたつけが結局全部、自分自身に返ってくることになった。私は自宅で、円卓の間の騎士たちのための人工知能ルーチンに取り組んだ。これには数週間を要した。それから、戦闘シーンに取り掛かった。2月から3月の間に私はこのモジュールを書き、デバッグし、テストプレイをした。私は、期限を4月1日と決め、それまでにゲームを完成させるように自分を追い込んだ。私の記録によれば、一日平均300バイトのデバッグ済みコードを書いたことになる。ちなみに業界の平均は一日75〜100バイトである。ラリーとヴァレリーは狂乱に巻き込まれた。彼らは猛然とプログラムの断片を統合し、それによって生じた無数の矛盾を解決した。マーリンの部屋 (Merlin's room) 、経済、臣下、税金、交換といった要素を処理するすべてのモジュールがデザインされ、コーディングされ、そしてデバッグされた。
それにもかかわらず、4月1日の期限には間に合わず、4月15日に延期することになった。しかし、それさえ間に合わせるのは不可能になった。それでも我々は、4月15日に重要な目標を設定した。すべてのコーディングを、その日までに完了させようと。
4月の最初の2週間は、熱狂的な努力で費やされた。毎日、ときには4時間ぶっ通しで打ち合わせをして、我々は確かに、デザイン上で最も難しかった部分、人工知能アルゴリズムを苦労して完成させた。
AIルーチンはデザインのすべての面を反映しなくてはならないため、この仕事は最後まで残しておいた。AIルーチンを設計する前に、デザインが完成していて、すべての変数が定義されていなければならない。いったんAIルーチンを組んでしまうと、デザインの変更は利かなくなる。あとから重要なデザイン変更をすれば、全部のAIルーチンが台無しになってしまうからだ。
『エクスカリバー』のAIは明らかに、私がいままでに試みた中で最も難解なものである。異なった国王の性格、経済の要素、軍の要素、幾何学的な要素などを考慮しなくてはならない。我々が開発したシステムは、軍の威信、経済の信頼度、国王自身の好感度、などといった媒介変数を使用する。また、野心、愚かさ、守備的態度などといった性格も、アルゴリズムに取り入れられている。
4月15日までにすべてのコーディングを終わらせるという目標の達成は、ほぼ成功した。残っているコードは非常に些細だった。我々は皆、2週間の休暇をとった。5月に我々は、『エクスカリバー』の仕上げを開始した。ラリーとヴァレリーはバグ出しを始めた。私がいまこれを書いているとき、彼らはまだ仕事に取り組んでいる。6月には、バランス調整と洗練作業に入るつもりだ。私は、このゲームを洗練するのにもっと多くの時間をかけたいけれど、予定は大幅に遅れてしまっている。18ヶ月もの開発期間をかけてしまったし、3プログラマー年を費やしてしまった。早ければ6週間の開発期間でゲームが作られる昨今において、『エクスカリバー』はこれまでで最も丹念に作られたゲームのひとつだろう。いままで試みられた中で、最も意欲的なデザインのひとつであることは確かである。成功するという保証はないが、もし失敗したとしても、それは努力が欠けていたためではないだろう。
クロフォードの1998年のメモ: 『エクスカリバー』は7月に完成した。